箕面で約90年。内科・外科・健診・予防接種・訪問診療は久原医院へ。

自己紹介

院長
久原 毅(くはら たけし)
略歴
1971年生
京都大学医学部入学(1990年)
同、卒業(1996年)
京都大学医学部外科入局
日本赤十字社和歌山医療センター外科
高知市民病院(現、医療センター)外科
京都大学大学院修了(肝胆膵移植外科)
久原医院(2009年)
  • 資格
  • 日本外科学会認定医
    日本外科学会専門医 他

 

今では信じられませんが、風呂やトイレの時もポケベルを肌身離さず持たされた平成の始め、働き方改革やハラスメントの概念すらなく体育会部活のような毎日でした。土日も院内で寝泊まりさせられた外科研修医は「何も知らず何も出来ないジャマな存在」とボロ雑巾のように扱われた時代でした。実際はじめはその通りで、担当患者さんに「ベタ付き」することしか出来なかったが故に、原点となる基礎体(耐)力や寄り添いが自然としみこみました。

しかし、地方の機関病院へ派遣されてからは徐々に任せていただくことが増え、消化器を中心とした多くの手術のみならず、患者様やそのご家族と、じっくりと深い交流を通じて、様々なことを教えられました。「若い時の苦労は買ってでもせよ」と、縁もゆかりもない(ように思えた)非効率で非合理的な寄り道や廻り道も時には通ってきましたが、それは決して無駄ではなく、むしろ今日により役立ってると今は思えます。このように手術以外にも外来、検査、救急、術後全身管理に終末期医療と多彩で濃厚、時にはもうろうとしたりフラフラになったりしながらも、将来がむしゃらにやり尽くしていく為に必要とされるエネルギーを充電していた勤務医でした。

そんな外科生活でありましたが、実は大前提として生活習慣病を中心とした内科学がすべての礎であることは、今も昔も変わりません。さらに大学院では臨床の傍らで、研究においてさらに柔軟で綿密な発想や深く複雑な考察が求められました。「考える」ことを徹底的に鍛えらました。そんな修行時代に人と運に恵まれて無我夢中になることが出来、今にまで至っていることは「三つ子の魂」であり、幸せだったと思っています。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ところで、当院を創設した1900年生まれの祖父は「コーラみのお」という当時まだ珍しかった市民合唱団を創設し、その初代指揮者でもありました。父と母も属していましたし私も幼稚園の頃ステージに立たされて唄った記憶があります。その祖父がまだ戦前の昭和5年(1930年)に開院して約40年、その後を叔父が約40年、その間に医療をめぐる環境も激変しました。

そんな中2009年には私にも自分の在り方を考えざるをえない時期が来ました。細分化、専門資格化は目ざましく、浅く広く診れるジェネラリストは、大学医局を中心とした「白い巨塔道」から外れたある意味アウトローになりますが、そういった「かかりつけ医」としての道にあえて挑戦することにしました。専門資格を追求するよりは、祖父や叔父の中に見た「密着した、人間味のある温かい医療相談」の原風景が、当家に流れる医療風土であり私のルーツと感じたからです。

長きにわたりいただいている信頼の一つ一つを大切に受けとめ、古き良き時代の温もりを引き継いでいきます。一方、時代に即してアップデートするべく自己研鑽を心掛けて改めるべきは改め、地に足のついた良心的で良識ある医療をていねいに積み重ねてまいります。あふれる情報の海の中で惑わされたり振り回されたりしないよう、本質を見極め整理してわかりやすくお伝えするように努めています。そして、より納得し安心いただけるようお一人お一人の背景などを総合的に考慮し適切な方向性を提示し共に考えていきます。(もちろん手に負えない疾患は近隣の信頼できる病院に紹介いたします)

箕面は北摂の中でも健康意識の高い健康長寿村です。70.80歳台でも昔と違って背筋もぴんと伸び、滝道walkingなど日常を様々に楽しまれている方々を数多く拝見します。定期的に往診させていただいている大正生まれ103歳の方がおられます。「コーラみのお」で50年以上も前に祖父と共に唱っておられましたが今も全くご健在です。その方を筆頭に高齢のお元気な患者様が数多く、面と向かってお話を伺えば伺うほど自然と姿勢の正される毎日です。まだまだ至らぬ点だらけでありますがよろしくお願い致します。

座右の銘

☆Stay hungry ,  Stay foolish   (Steve Jobs)

 

趣味など

・硬式テニス、将棋、DIY、スキー

・探偵ナイトスクープ、NHKのど自慢、

めばえ(ten.)、AMラジオ

・サザンオールスターズ、中島みゆき

・司馬遼太郎、松本清張

電話番号072-737-5031